• Philosophical studies and essays 哲学の勉強と随想

自己同一性と物語

 古い写真の中の幼い自分。おそらく親から指示されたのだろう、ぎこちない笑いを浮かべながらこちらを見ている。写真を撮られたときのことは、もう覚えていない。しかし、画面の中から硬い表情でこちらに笑いかけている子どもは、間違いなく、小学校入学前の私である。けれども、その画像を眺めているうちに、その幼い子が本当に私であると言えるのかどうか、徐々に疑念が萌して来ないだろうか。というのは、歳月をくぐり抜ける過程で、私の心も体も著しい変化を遂げて、現在の私自身へとたどり着いたのであり、もはや幼かった私が何を感じ、何を考えていたのか、濃い霧に閉ざされてしまっているからだ。

 この世界に生まれ落ちてから、私たちは、内的かつ外的に私たちを訪れる様々な出来事の海を、漂流したり、泳いだりしながら、ようやく現在の私へとやってきた。現在に至るまで積み重ねられてきた目もくらむような多種多様な経験は、後から振り返れば、どれひとつとして、現在の私へと至るために作用しなかったものはないにちがいない。
 時々刻々、変化を蒙りつつ生きてきた私は、もはや子どものころの私ではない。なるほど実感としては、一時間前の私は、現在の私とほとんど同じだといってよいかもしれない。昨日の私も今日の私に、そっくりそのままのように似ていることだろう。けれども、十年前の私となると、すでにある種のためらいを感じながらでないと、それがほかならぬこの私と同じであるとは言いにくくなってくるのではあるまいか。きっと、厳密に言えば、一時間前の私といえども、現在の私と同じだとは、もはや言えないのだろう。にもかかわらず、私は、過去の私と現在の私との間に、ある同一性を想定し、確信しながら生きている。つまり、私たちは、過去の私と現在の私とが、もはや同一ではないと知りながら、しかもそれを同一であると考えつつ生を営んでいるのだ。

 一見すると、同一でないのに同一であると考えることは、はなはだしい錯誤であるかのように思われる。けれども、こうした事態についてディルタイという哲学者は、理知に基礎をおく形式的範疇と、生の連関に基礎をおく実在範疇とを区別することによって説明している。ディルタイによれば、形式的範疇における場合、同一性は、概念的思考が二つの物事を区別できないということに根拠をもっている。しかし、生の連関に根ざす実在範疇における同一性は、むしろ逆に、あらゆる変化にもかかわらず、かつ、あらゆる変化あるがゆえにこそ立ち現れる同一性にほかならない。つまり、形式的範疇においては、区別できないからこそ同一であるのに対して、実在範疇においては、区別できるにもかかわらず同一であるというのだ。
 私たちが人格の自己同一性と呼んでいるものは、過去と現在との間に区別が存しないことに根拠をもつのではない。もしも、過去の私と現在の私との間に、差異がないとなると、私たちはその間、何の変化も蒙らなかったということになるだろう。そんなことはありえない。もし過去と現在との区別が存在しないなら、そもそも人格といわれるものそのものが消滅していることになるだろう。十年なら十年の歳月にもかかわらず、いっさいの変化を免れているとしたら、私はその間、死んでいたとしか言えないことになろう。自己同一性の根拠は、それゆえ、逆説的にも、過去と現在が同一ではないということを前提にして発生すると言わなくてはならない。つまり、同一ではないことを前提にするがゆえにこそ、はじめて「同一ではないにもかかわらず」という形での、別の水準での同一性が可能になる。すなわち、形式的範疇における同一性の否定と、実在範疇における同一性の措定とは、矛盾するどころか、かえって相補的関係にあるということなのだ。

 自己同一性をめぐるこうした説明は、なるほど、人格の同一性が、概念的な水準における同一性とは異なるということを教えてくれる。たしかに私たちは、無変化のゆえに自己同一なのではなく、逆に変化を前提としたうえで、その変化にもかかわらず連続する何かを感じ取るがゆえに、その連続性を指して自己同一性と呼ぶのだ。では、その連続性は何によって保証されているのだろうか?
 過去の私と現在の私との著しい差異にもかかわらず、なおかつ私がその差異を越えて連続する同一性を確信するとき、その同一性は実在的な実体というよりも、そのつど、私が私であろうとする意志によって生じる効果なのではないだろうか。そうした意志、つまり私が私であろうとする意志は、もちろん、私たちが普通に用いている意志よりも、いっそう自然なものなので、ほとんど意志と呼ぶよりも、無意識の作用とでも呼んだ方がより適切であるかのようにすら思われるほどである。けれども、この意志は、自己に対する意識をともなう点で、やはり私たちの生の連関における一種の意志と呼ぶのが適当だと思われる。
 さて、そうした意志は、変化のさなかにある自己について、自己意識の連続性を、そのつど意志する。この意志をも、実体であると単純に考えることは、おそらく不可能であろう。この意志もまた、変化する自己を、連続する自己へとつなぎ止める要請によって生じた効果と呼ぶべきだろう。私は変化する自己であり、その変化する自己を連続性へとつなぎ止めようとする意志であり、この意志は、変化する自己の効果として生じた意志である。すなわち、私は諸関係の錯綜体であり、その錯綜を統一する作用として「私自身」である。

 こうした統一作用の帰結であり、かつ根拠でもあるものとして、私は私の人生を一つの展望として把握する。展望は、現在の私がもちきたらすパースペクティヴであり、しかも現在の私を可能にするパースペクティヴでもある。言い換えれば、パースペクティヴは、私の統一性の結果であり、しかも同時に根拠である。私たちは幼児から現在に至る、もっとも内密な感情の記憶に至るまで、ある展望のもとに把握することにおいて、自己同一的な私たりうる。同時に、私が自己同一的な私であるかぎり、つねにあるパースペクティヴが私に到来している。
 この展望を、私がそのつど所有するところの私に関する「物語」だということもできよう。ある展望のもとに筋道立てられた系列は「物語」の定義にふさわしいにちがいない。私たちが物語の中にいるということは、私たちが構成された現実の中にいるといっても同じだ。
 ところで、現実が構成されているということが、実は身も凍るような恐怖として実感される瞬間はないだろうか? というのは、事後的に反省するかぎりでは、現実が構成されるとは、現実が、実は夢の生成と同型であるということを意味するからだ。実際、私たちは、まったく偶然に襲ってくる愛する者の死や、自分自身の死の可能性に思い至ったり、理不尽な抑圧や暴力に接したり、いっさいの説明を越えた災禍に出遭ったりしたとき、そこから目を背けさえしなければ、それらを円満に説明する原理などありえないことを覚るだろう。そして私が構成していた現実が、もろくも崩壊の危機に直面するのを経験せざるをえないだろう。
 芥川龍之介は『侏儒の言葉』の中で、「人生は狂人の主催になったオリンピック大会に似たものである」と述べている。たしかに、世界中から日々届けられる不条理な出来事を、首尾一貫したかたちで説明するなど不可能であるといわねばならないだろう。あれほど確かだと思われた「現実」が、実は都合よく「構成された現実」にすぎなかったことに、私たちが思い知る瞬間がありうる。私たちは、現実が構成された夢にすぎないという意味での、今ひとつの現実から逃れるためにこそ、夢としての現実を必要とするのだ。
 埴谷雄高という作家は、かつて、現実が夢を規定するのではなく、夢こそが現実を支える根拠であると述べた。おそらく、埴谷雄高が言いたかったのは、私たちの現実が、夢としてしか存立し得ないということだったのではあるまいか。私たちが現実のなかで私たちであり得るのは、私たちが夢を見ているかぎりにおいてであるということ、そして、それが私たちの原初の欺瞞であり、その欺瞞を通じて、かろうじて私たちは人間たりえているというべきだろう。この欺瞞こそ、人間が理知の能力を、ひいては自我意識をもつにあたって引き受けざるをえなかった「原罪」にほかならないだろう。

埴谷雄高(1909 – 1997)

 さて、しかしながら、「人間は物語(夢)なしで生きていけるのか」という問いに、私はまったく明瞭に、「人間は物語なしには生きていけない」と答えるだろう。私たちが人間でありうるのは、私たちが夢を見続けている限りにおいてなのだ。しかし、これは一時期流行した、お気軽な「物語批判」を斥ける答えであるばかりでなく、別の次元で物語への問いを喚起する発端でもあるだろう。「ポスト・モダン」の流行にのった物語批判論者の多くは、物語というものの持つ本質的な恐ろしさを知りもしないし、考えもしない。その論調のほとんどは、まるで物語を切除可能な患部のように位置づけ、その患部を切除しさえすれば、明日から「物語なしの正しい生き方」ができるとでもいわんばかりだ。
 繰り返せば、物語なしの正しい生き方など、ありえない。人間が生きるとは、物語を生きるということだからだ。私たちは、物語においてこそ自己同一性をもち、自己同一性をもつがゆえに、責任の引き受け手として主体たりうる。そして、この主体が、確固不動の実在ではなく、むしろ私たちのそのつどの意志として、かつ意志によって生起するものであるがゆえに、一方では、きわめて不安定で、危険なものでもあると同時に、他方では、自由の根源でもあるわけなのだ。

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